2003年4月20日日曜日

造船所閉鎖に何に想う編

日本の空洞化が叫ばれて久しいが、造船日本と豪語しながら、造船所がひそかに消え去って行っている。幕府の造船所が前身という某造船所も消えた。桜島の某造船所もまたしかり。造船所自体は名目上存続しているが、実態は開店休業、全員解雇状態という地方の小造船所も多いらしい。日系ブラジル人で労賃削減して、どうにかこうにか存続しているトコも多いらしい。

 某お茶を製造販売していた(過去形)のもポルノやらを輩出した某島の造船所で、担当者の口癖は「これを売って、因島にみんなを呼び戻すんです!」だったが、結局その夢も潰えたらしい。

 談合破りで勇名を馳せた某重工も、某豪華客船の火災で七転八倒している。

 「いくら談合破りの意趣返しゆーてん、外国に恥じさらすみたいな事まですること無いやんか。」と言った知り合いも居たが、まさか、そこまで凄い意趣返しだったのだろうか?

 今までの歴史を振り返ると斜陽産業が再生復活する事は少ない。皆無では無いから、こう書いておこう。

 で、本日小郡市の図書館で調べ物してきた。小郡市のお寺に関する調べ物なのだが、マイナーな地方寺院だけに資料は皆無に近い。知り合いの司書さんにお尋ねしたら、小郡市史編纂室に問い合わせして下さるとの事、ここでふかーく、御礼申し上げておこう。


 なんやかんやんで、55.7キロ走って、オドメーターは17892キロだった。

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