2002年12月31日火曜日

2002年総括 其の弐

今日は昨日の続きで、総括其の弐なのだ。諦めて欲しい。

凄まじい接続方式の歴史である。モデム、最初はナンボやった?9.6から、14.4から28.8、そしてISDNの64、そしてナローは56と変わり(56のファックスモデムは在るけれど、ISDNの接続部品は消え去ってしまった)、ケーブルテレビに、有線、そして光、最後にADSLである。

全ては変わっていく、今最善の代物も明日には消え去っていく。レーザーディスクも消え去った、ベータも消え去った、が、DVDも何時まであるかは分からない。

今の持論は、枯れた技術が良い技術である。慣らしが終わって故障しなかった当たりのプリンターが良いプリンターである。何時までも生産され続けるソケットが良いソケットである。昔のCPUも今のCPUも挿せるマザーは良いマザーである。

で、燃えて、洗車をした。水洗い、ウワサのjoy洗車で、フクピカ拭き取り。燃えた、燃えたぞ。きっちり洗車して、ガラスコーティングに燃え狂った。

本日の走行距離10.9キロ。オドメーター13941キロ。

2002年12月30日月曜日

2002年 総括編 其の壱

歳末なのだが、奥様御仕事なんで、送り迎えだ。で、すね肉を炊いた。一回加熱して沸騰させたら、ストーブの上に放置だ。最近すね肉も置いてある店が減ったし、サシが入り過ぎなんだもん。直ぐに柔らかくなっちゃう。

しかし、自動車を保有するって、何でこんなに金がかかるのだろうか?

税金と車検代で年割にすれば七万くらいか?最初の三年分限定だよ。加えて車の償却が、五十万円くらい?ガソリン代で十万円くらい?(普通の人の場合、年一万キロ走行でリッター九キロ、ガソリンリッター当たり税込み九十円のよーら計算)タイヤとオイルで年割で十万見ておこうか?二年に一回タイヤ交換、凄いお方はオイル交換で年に三万は使っておられるからね。年に百万は使っていてもおかしくないよ。自動車の償却代も、ガソリン代も、高速道路代金も、凄いんだよね。

ISOに関連して導入されたオイル交換間隔の延長は、エンジンの電子制御化に伴う整備工場売上減少に匹敵する大異変だ。3000キロでオイル交換させられる事で、自動車業界は利益を確保する事が出来た。だから、日本中の津々浦々に整備工場だけは一杯在ったわけだ。自動車ユーザーを洗脳する事で、過剰消費を強要し、自動車業界は成長・拡大を続けてきた。

誰もそんな事を言っていない?オイル交換の間隔が伸びた当初、石油会社の太鼓持ちはそんなんウソだぁっ!って喧伝しまくっていた。今もネット上にそんな悪徳商法の片棒を担ぐ太鼓持ちは多い。凄いよぉっ、現実は。

JAFなんざ、ユーザーの利益代表じゃなくて、天下り&業界の洗脳指導集団に他ならないもんね。ディーゼル技術&排ガス規制の後進性なんか、一言も語らないマスコミ&自動車会社、そんな鬼畜を見ていると、ネットの存在価値は、利益誘導団体に影響されない事に尽きるって思う。

讃岐うどんのサイトを見ていると、そー、思えるよ。私が食うに値しないと思っている店すら、向こうじゃ、新聞とかNTTに関係しているネット上で目一杯喧伝されているんだもん。個人のページになると、私と同意見のトコも増えてくる。

本日の走行距離10.9キロ。オドメーター13941キロ。

2002年12月29日日曜日

知久留と北京

今日は日曜日だが、歳末である。歳末といえばお買い物だ。ニトリとロジャースに行った。筑紫野市にはこの二店舗が併設されているので、ここまで遠征だ。

ここいらを走っていると、面白い事に、意外とオペルを目にする事が出来るのだ。意外と売れているのであろうか?雑誌を見れば、トラビックは今年、月平均で430台程度しか売れていない。それだけ売れても、大問題らしいが、オペルは先月全部で三百台少々しか売れていなかったのだ、スバルという会社、贅沢が過ぎるな。

で、昼ご飯は、久留米クラシックに分類される知久留ラーメンで、やきそばと大盛りラーメン、730円。久留米クラシックは毎日食べられる領域でバランスが取れているのだ。ヌーベル・久留米は、毎日食えるという中庸領域から外れてしまった。生活ラーメンとして食いたいとは思わない。

その後、筑紫野のロジャースとニトリを襲撃して、ナフコまで襲撃した後に、筑紫野インターの交差点すぐそばにある北京でしこたま食った。久しぶりの北京だったが、おじい&おばぁの全力料理は健在であった。でも、昔ほどでは無い。焼きビーフンを食べれば、レベルってすぐ分かるんだよな。

本日の走行距離72.0キロ。オドメーター13934キロ。

2002年12月28日土曜日

お仕事だった

今日は土曜日というのにお仕事だ。きつかった。

本日の走行距離16.7キロ。オドメーター13813キロ。

2002年12月23日月曜日

リッター12.9km

今日は恐れ多くも、陛下の御誕生日であるのに、ワタシは御仕事だ。従って奥さんが御使用である。実家の持ちつきに出撃だ。ご苦労さん。で、ガソリンが無くなってきたんで補給したら、658.1キロ走って51.1リッター、リッター当たりなんと12.9キロ走っていた。さすがに、今回は長距離走行が凄かっただけに、燃費も良好である。

本日の走行距離42.5キロ。オドメーター13856キロ。

2002年12月22日日曜日

今日は大人しく、、

今日はお買い物である。市内を走り回った。

本日の走行距離16.7キロ。オドメーター13813キロ。

2002年12月21日土曜日

宮島口で穴子、宮島の紅葉饅頭耐久、山賊の、、、

今日は、ちょいと宮島まで走った。目的は、「うえの」の穴子飯である。これが結構美味いんだから、堪らないけれど、宮島近辺の駐車場の高さは半端ではない。1日1000円である。700円のトコとか、500円のトコもあるけれど。

午後から出て、まずはガソリン補給である。奥さんが使うと一気に燃費が低下する傾向にあるのだが、今回は酷過ぎる!263.4キロ走って、31.8リッター、さんじゅういちてんはちりったぁ?リッター当たり8.3キロしか走ってないじゃないか!

衝撃の体験を克服して、冷水越えをして筑豊経由の出撃だ。桂川の大助うどんで、ザルうどんと肉そばを食する。ここのうどんはエッジが立っているわ、腰があるわ。それでも、やっぱり、福岡のうどんであった。だって、ザルうどんと肉そばで1060円だぜ?四国に食いに行くか?そのまま、なだれ込むかという、怪しげな野望が頭をもたげてしまった。

馬場山から、都市高速に乗って門司まで。関門トンネルを使って本州入りして、小月まで下道と思ったのが失敗だった。一区画を短縮したら一時間を要してしまった。

大野インターで降りて、宮島口へ入る。宮島口駅前、交差点の角から二軒目に「うえの」がある。

15分待ち(店のおばちゃんは5分ですと言ったが、こーゆーのは絶対に3倍はかかるもんだ。ここが客あしらいのツボ、15分だと逃げられかねない微妙な時間だからね。)で、穴子飯を買い込んで、呉を目指す。2号線バイパスの渋滞に恐れをなして、廿日市インターから一度高速に乗った。宮島インターで、穴子飯を食する。美味い、美味いから、一個1400円も許す。

ところで今度は、宮島「もみじ饅頭」試食耐久を予定している。試食耐久とはワタシの特別な造語で、乗り場から行きの通り道、全ての店舗でもみじ饅頭1個づつ購入して食べ歩き。これって応えるのだ。帰り道一番おいしい店でまとめ買いするのが、ワタシの定番である。外れを買って、帰宅してから激怒するより、こっちが正しいと思う。気力と体力の勝負なのだが、こんなんするのは、ワシだけか?

しかし、広島の渋滞は末期的症状だと思う。呉の屋台通り&セミナリオに行く予定だったけれど、断念して、廿日市で降りて大きく下道ユータアーン、2号線バイパスのSAで一休み。もみじ饅頭と海鮮もみじを買い込んだ。しかし何故本州のバイパスにはSAがあるんだろうか?

下道走って、知り合いから「凄いよ!」と聞いていた徳山へ向かう。岩国から、徳山に向かえば、山中に陸続と出現する謎の怪しい店舗群!あっこいらの人々の感覚にはついていけない。広島&山口の人達は、凄いと思わざるを得なかった。クリスマス&新年ヴァージョンが道の左右に出現した時、ワタシも妻も、絶句して、思考停止していた。あれは、凄過ぎる!年末のあそこは、店舗のワンダーランドであった。

徳山のツリー?うん、或る意味、凄い、凄過ぎて、二度とは行く必要が無いなと思った。徳山西から高速に乗って、久留米インターまで。帰宅した時、午前零時を過ぎていた。

本日の走行距離645.8キロ。オドメーター13796キロ。

2002年12月19日木曜日

暖房効きますねぇ

今日は奥さんがちょいとおつかいである。同乗者のコメントとして「この車、暖房効きますねぇ?こんなの乗りまわしているんですか?」だったそうである。

本日の走行距離8.8キロ。オドメーター13147キロ。

2002年12月18日水曜日

某銘柄の純米酒

今日もちょいと夜中に走った。サラディナーサちゃんの調子は良くて、結構軽くなっている。こりゃあ良い!どこをどういじったんだろうか?

オフ会で入手した謎の米焼酎「呑み足らんテ!」を呑んでいるが、新酒が出ていたので、久留米で最も回転が早い久留米駅ロータリー入り口角の酒屋で、某銘柄の純米酒を一本買った。美味いか?不味いか?興味津々である。

本日の走行距離33.7キロ。オドメーター13138キロ。

2002年12月16日月曜日

墜ち続けるPCスペックとモデム

今日はちょいと夜中に部品を漁って走りに走った。欲しかったのは、USB接続のモデムであれば良かったんだが、怪し過ぎるモデムしか無かった。で、PCIスロット用モデム、それも開封品を安く買い叩いてきた。

何故か、うちのパソコンは、スロットAのアスロン550MHzから、ペンⅡ333MHzの288MBに変わってしまった。何故かスペックダウンである。しかし、もっと落ちるかもしれない。

ヤマダ電機・ベスト電器・PC工房・アプライドを探してみても、結構ヤマダ電機も高いなっちゅうのが印象だ。でも、開封品で安かったのはヤマダだったんだけど。

本日の走行距離20.6キロ。オドメーター13105キロ。

2002年12月15日日曜日

おあんく オフ会 メイン

原鶴温泉のホテルで目覚めて、朝風呂&朝飯である。

昨夜の宴会で分かった事は唯一おあんくも怪しいって事だけだったと思える。ただ、他の記憶は混乱していた。

Z-ONEのかいちょさんが、呑み狂っていたような?おあんくのかいちょさんも踊り狂っていたような?私の部屋の目印は日田天誅水の膨大なタンクの山であったが、その由来に関する記憶は欠落していた。何故かこの写真の人物とあっちむいてほぃ!をしていた記憶は鮮明で、一晩中うなされていたような気もする。

そして目覚めた時に焼酎の五合ビンと謎のおあんくせんべいが、私の手元に残されていた。そしてZ-ONEのかいちょさんの姿は無かった、あれは、夢だ!夢であったに違いないっちゅう事にしておこう。

加えて、何故か、昨夜とみんなの態度が違う、、なぜだろう?何故かしら?謎であった。

この朝、予定変更がかいちょさんから告げられ、温泉組・わらびもち組・カート組に分散する事になったが、カート組の希望者は皆無、少数の温泉組と保守本流のくわらび餅組になったけれど、廣久?高木久助じゃん、私のお気に入りだ!

ということで、ホテルを出てみんなで、高木久助を襲撃してくずを食いまくった。私は葛桜に御抹茶である。テーブルのみんなは、ぜんざい・くず切り・くずもちで、みんな、くずの感触が違うと感嘆していた。ここのくずは、なんか、もちもちしているし、黒蜜も濃厚だし、、、損はしない店なのだ。
 島根から長躯出撃してきたきらりちゃんは、「おばあちゃんトコの葛湯と一緒!」と驚いていたが、葛湯の代名詞っちゅうだけに、ここの葛湯は美味いし、シェアも広いよ。落語に出てくる葛湯の代名詞「久助」はここが語源だからね。

ここでくず切りを買った方々に一つ助言をしよう。くず切りは前の晩から水に漬けておけ!これを守れば、御家庭でも美味しいくず切りが食せるでしょう!二時間以上って書いてあるけれど、美味しいのは一晩水に漬けておいてから、茹で上げたくず切りだ!

秋月から、同じ甘木市内のキリンビール工場へ移動して、社会勉強である。一生勉強じゃ!と、先哲も教え諭されている。我々も勉強は欠かせない。自分がどーゆーモンを呑んでいるか?それくらいは知っておく必要があるだろう?

普通の人なら問題無いが、我々の様に飲み狂っている人種にとっては、必須とも言える。

広大無辺の麒麟麦酒工場だ、サッポロビール日田工場に押されてはいるものの、我々は麒麟の一番絞り(生)・端麗・ラガーを愛している。だから、ここを訪れる義務があるのだ!後は、恵比寿ビール位かな?社会勉強の後には、工場前のキリンビアファームでジンギスカンを食して、解散となった。

総括して一言、夏のキャンプが、恐ろしい。

本日の走行距離113.8キロ。オドメーター13084キロ。

2002年12月14日土曜日

おあんく オフ会 突入

九州にはおあんくなるオペルのオーナーズクラブが存在している。名前も怪しいが、かいちょさんも怪しい。たいちょさんも怪しい。怪しい人々が山ほど集う九州のオペルオーナー達の梁山泊みたいなトコだ。その忘年会に私も参加することになってしまった。なぜだろう?なぜかしら?やっぱり謎である。
終結場所は筑後小郡インターから北上する事しばし、アウトバーンが出現する。目標は巨大なオークション会場兼中古車展示場だ!ここは夜須町になる。妻は私をこの集合場所に下ろして去っていった。

ここで繰り広げられたカートバトル、私にはその内容を語る資格も能力も無い。だが、これだけは言える。カートバトルでは決してファステストラップを出すものでは無い!っちゅう事ぐらいだ。一生灯油タンクに困らないのは間違いないけれど。カートバトル終了後、太刀洗のオペルが一杯という怪しい中古車屋の傍らを過ぎつつ、三連水車のそばをとおって、原鶴はグランドスカイホテルに到着したひとっプロ浴びて、そのまま、宴会に突入したような気がするんだが、、

2002年12月13日金曜日

半年点検&不具合手直し

今日は妻が半年点検&不具合手直しの為に、ヤナセへ出撃してくれた。2002年登録と言いながらも、2001年モデルの筈のサラディナーサちゃんであるから、巷で噂のリコール&サービスキャンペーンも施工済みらしい。何故か静かになって、出足も軽くなって、アクセル自体が軽くなっている。

実は、それと平行して行われた、保険の切り替えで、同一内容のままなのに、4000円ばっかり価格上昇している事が判明した。農協の共済も、保険支払いが増大して、経営を圧迫しているのであろうか?うーん、怖いものだ。

で、夕食は一心ラーメンで、ラーメン二杯&やきめしで計1050円であった。一心ラーメンも、久留米クラシックなんで、さっぱりすっきりスープである。こってりの累計はWラーメン&やきめしってトコだ。

本日の走行距離65.5キロ。オドメーター12970キロ。

2002年12月8日日曜日

第九次 うどん参り その後

秘密基地で車内掃除して、アウトバーンを下見して、PC工房久留米で部品を見て帰ってきた。

しかし久留米ではフルサービス89円である。高松というか、四国は高かった。嗚呼、思い出しても腹の立つぅっ!で、リッター12キロ走っていたけれど、リッター14キロは走って欲しい。これって贅沢なんだろうか?

本日の走行距離35.7キロ。オドメーター12904キロ。

2002年12月7日土曜日

第九次うどん参り

美東SAで一回目の休息である。今回のうどん参りでは、フロントタイヤの空気圧力を0.30MPa、リアを0.22MPaに設定している。リアタイヤの空気圧力を低目に設定するのはオペルの傾向としての、リアタイアからの突き上げ低減である。ホントはSRタイヤに交換したいくらいなのだ。これで、リアの居住性は向上する。

高速道路を走行して思うのは、オペルの高速巡航設定速度は140キロプラマイ20キロに設定されているなと言う事だが、宮島SAで眠くなってきたので、仮眠を取る。

寝過ぎてしまった事に気がついたら、午前六時!やっべーっ!である。宇高フェリーの使用は断念、瀬戸大橋使用!坂出北インター降車に切り替えた!想定ルートを、めん吉-蒲生-木村-前場-松岡-道の駅-松下という奴に切り替える。新規店舗は三店しかないが、中讃が多いが故に量が多いであろうと思うと、実質九玉くらいかな?松下ではいつも二玉だからね。ちょいと雨が降っているので、予島SAを諦めて、鴻池SAで身だしなみを整える。ここはお奨めかもしれない。何より、トイレまですぐだからね。

坂出北で降りて、ガソリン入れよと思ったら、こっちのセルフはプリカ式、お釣り無しじゃん!504.6キロ走って、42.03リッター。リッター当り12.0キロ走っていた。しかしなぁ、久留米じゃあ、お釣り出るんだけど。バッタモンのガイアックスもプリカ方式なんだもん!これできれた!でもめん吉が自分で湯がけなかったのは痛かったけれど、二啜り半で美味かったから落ち着いた。蒲生もうまそうだったんでちくわ天のせて冷たい奴小を頼んで二啜り半で美味かった。木村でも冷たいの小を頼んで三啜りで美味かった。前場は怪し過ぎる店舗で、赤坂に通じるものが在ったけれど七啜りでそんなに美味くなかった。満腹だったのか?と思ったが、道の駅で買い物した後の次の松岡では三啜りでむちゃくちゃ美味かったからそうじゃないだろう。最後に入ってきて一番最初に出たもん。

そして、松下である。ここは凄かった!VWバン、ロールスのコーニッシュ、ザフィーラがうどん駐車するという怪し過ぎるシチュエーション。チョー満の店内で、一玉・一玉・二玉を頼み、五すすりである。めん吉と松岡を発見したから、フェリーに乗って帰る事にする。JAF会員証で一割引きの宇高国道フェリーに乗ったけれど、肉薄航行は見ても楽しい。

宇野で降りて山越えしたら児島に出てしまった。ぐるっと回って国道を走る。目的地は尾道、でも、脂の処理がもう一歩。あっちの御人が久留米ラーメンを「こってりしているけれど、さっぱりしている!」という気持ちがわかったよーな気がした。けっきょく夜中の十時半に秘密基地に帰着したけれど、尾道&玉野福山間の下道走行が無ければ五時には帰り着いていたな。失敗だった。1080キロ走っていたけれど、今年四回目のうどん参りは成功だったと言えるだろう。二号線バイパスの完全開通を望むよ!

本日の走行距離1079.5キロ。オドメーター12869キロ。

01:10 美東SA着

02:35 宮島SA着、仮眠開始。

05:57 宮島SA発!寝過ぎて体調はバッチリである。やっぱ目覚ましは必須であった!

07:33 鴻ノ池SA着、身だしなみを整える、ここはお奨め!次回からこちらに切り替えよ!
08:01 坂出北インター降車、うどん参りの開始である。

坂出の彦江はパスして、めん吉襲撃!


08:20 坂出北インターを降りて、直進すればめん吉に至る。それは分かっていたが、それでも彦江が食いたくなって、途中から右折する。しかし、ぐりーんはうすまで来て、天候故に断念せざるを得なかった。そしてぐるっと回ってめん吉乱入である。ワシはぶっかけ、他にぶっかけ一杯、肉ぶっかけ一杯である。ぶっかけはかにかまのせだが、肉ぶっかけは肉&レモンが追加である。美味いのだ。これが驚く程に美味かった。プロの立ち食い師としては朝一発目は二啜り半!であった。この場でうどん参り指定店になったのである。三人で980円であった。  そして裏道確認で彦江乱入ルートを辿ると、セルフスタンドがあったんで、入れたんだけどむかついた!こっちのセルフは釣り銭出さんのかっ!客を舐めとんのかぁっ!はっきり言って切れた!車内は批難轟々!波乱万丈のの幕開けになってしまった。

いつもの蒲生は美味かった!


08:50 めん吉から、蒲生までは近い。凄まじく近い、いつものこの奥、道が狭いと表示されているトコに突入して、それでも乱入すると同時に、冷たいのを小、てんぷら一つで170円。冷たい奴に、ぬくい出汁をかけて、竹輪天載せて一気にすすり上げる。三啜り半!で◎!やっぱりうどん参り指定店の座は不動である。 

木村も、美味い!


09:10 蒲生の裏から出て、直進する。堤防で右折、橋を渡って、T字を左折する。さて、ここから、ぐるっと右折して直進していくと、木村がやってくる。コイン精米所併設という、怪しさムンムンの木村であるが、ここの良いトコは、店の方々がキビキビ働いておられる事だ。冷たい奴を二つ、私は、すでにかけモードに入っている。連れが、てんぷら載せたけれど、急須の出汁をかけて、三啜り半であった。竹輪のてんぷら含めて、ここのはデカイ!二人で380円であったが、すいすい入った。しかし、十秒程度で食い終わる私は異常なのであろうか?うどん参り指定店の評価は揺るがない。
写真は、御茶の入ったやかん、急須には出汁である。ここを間違えてしまうと、とんでもない事になる。 

噂の前場


09:23 木村を出て、すぐに左折する。しばらく直進し、ひたすら直進、何があっても道なりに直進していくと右手に前場が現れる。看板も在るから間違え様がないだろう。前場に入ったら、噂の自由研究である。この時点で怪しさ大爆発だ。三人とも入り、小を三つ、右手後方でうどんを湯がき、半熟卵天と豆のてんぷらが載ったけれど、私のみかけ。
店の怪しさ大爆発であるが、うどんにしなやかさを感じない。固いのか?腰があるのか?固さの奥にしなやかさがほしい。出汁は良いのだ。麺にしなやかさがあれば、、今回はうどん参り推奨店にとどめたい。次回もここを訪れようと思う。
三人で670円。三啜り半! 

松岡乱入、凄過ぎる編!


09:42 前場を出て32号線に出る。現在拡張中の32号線にぶち当たったら、左折する。ずっと行くと、道の駅が現れる。ここでは、野菜の買いこみ&ごっくん馬路村の購入である。久留米の井筒屋デパートでも購入可能なのだが、やっぱり四国に来たら買い込みたい。 10:02 道の駅の裏口から出る。そのまま南下すると、旧国道11号に当たるから、ここを右折すると松岡が出現する。地味な店なのだが、入ってかけ小を頼む。湯がいていただけるが、少しと依頼して、カウンターで食する。一口目の異様な感触は、凄まじかった。腰があるのに、しなやかなのだ!この感触は宮武でも味わえなかった。山内でも味わえなかった。讃岐で初の感触だ。気がついたら、二啜りで食い終わり、150円支払って店を出た。うどん参り指定店である。ここは欠かせない!これで二店舗目の二玉指定店だ!

本家下町うどん、松下襲撃!


10:41 32号線を進む。そのまま直進し、栗林トンネルの手前で斜めに右折。再度突き当たったら斜めに左折。四国新聞ビルの手前から左折して、一方通行の道を斜めに右折。大きな声では言えないがうどん駐車すると我等最愛の松下であるんだが、ちょい早目の筈なのに、店はチョー満であった。「一玉、一玉、二玉!」ちゅーたら、一玉入り、一玉入り、二玉入りのどんぶりリレーである。二玉食うのは私だけ。しかし、気がついたら、ロールスのコーニッシュ、ザフィーラ、VWのバナゴンと異様なうどん駐車状態であった。今度は近くのパーキングに止めて食いに来よう。

女将さんに一言「こっちに引っ越して来たっちゅうコツにしちょいて!」と言い残し、松下を出る。
美術館の地下駐車場に入れて、美術館訪問である。美術館という空間は、なぜか寛げる空間である。寛ぎやすさで美術館を評価するという怪しい美術館評論家の私、高松の美術館は結構当たりだ。 

恐るべき宇高間国道フェリー!


12:25 宇高国道フェリー乗り場に到着したら、車検証とJAF会員証を持って切符売り場へ。JAF会員証で一割引きだ。三人乗って2970円は安いと思う。

ここまで安ければ、四国-九州でもフェリーを使うんだけれどね。島原-長洲間のフェリーも結構安いんだけれど、四国-九州のフェリーは高過ぎる。高速道路と瀬戸大橋を使用した方が安いんだ。国道九四フェリーが怪しい切符を期間限定で販売しているから、今度使おうか?大洲のしぐれが食べたくなったもんなぁ、とか思いつつフェリーの載りこむ。スタート時間は33分の筈だったが、時間通りには出発しなかった。

12:40 予定より少々遅れて離岸したんだが、このフェリーは、日本一怪しいフェリーだと思う。だって、フェリーの競り合いなんて、そう簡単に見られるもんじゃないけれど、ここだと結構楽しめるんだ。高松-直島-玉野のフェリーと肉薄しつつのおっかけっこを楽しもう。

13:46 玉野着で山越えを目指す。右折と左折のポイントを間違えて、児島に出てしまったけれど、めげずに水玉ラインも使わず、二号線で尾道を目指す。渋滞が、凄過ぎる。 

朱華苑で尾道ラーメン!


15:30 下道を使ってたけれど、渋滞の凄さに根を上げて、笠岡インターから高速に乗る。

15:50 福山のSAに到着した。ここで尾道への行き方をインフォメーションで尋ねた。福山西インターで下りたほうが良いらしい。でも、二号線と尾道の渋滞がこんなに凄いとは思いもしなかった。

16:40 裏道利用してぐるっと回り、巡り巡って朱華苑に到着。尾道のラーメンを食ったけれど、脂の処理がいまいちで、ちょいと辛かった。

16:55 朱華苑出発。

17:55 下道を走ろうと思ったのが、うんのツキ!二号線バイパスの終了後は地獄の渋滞!三原久井インターはどーもヤバそうだったんで、尾道インターに戻ってやっと高速に乗った。

18:27 奥山PA着。眠くなったんで、運転を代わってもらう。

18:56 奥山PA発。

20:07 美東SA着。

20:27 美東SA発。

21:54 筑紫野インター着。

22:07 秘密基地到着。 結構辛かったけれど、二号線を使ってしまったのが失敗の元だった。加えて、尾道ラーメンを食う必要も無かった。そのまま、高速道路で帰っていたら、五時には到着していたかも?

2002年12月6日金曜日

第九次うどん参り 前夜

金曜日、今日は奥さん忘年会なんで、夕食は外食。ちくも食堂でラーメン&焼き飯という800円コースである。久留米クラシックラーメンの最右翼と目されるちくも食堂は、恐らく、久留米で最も怪しいラーメン屋である。掃除は行き届き、気持ち良く食する環境は整っている。しっかり、全部頂きました。
ちくも食堂で食べ終わり、帰宅と同時に、出撃準備を重ねた。帰宅各種想定の元、三種のルートを策定する。
ところで、今回重要視しているのは新型フェリー(スタビ装備!)導入と期を同じくして開設した
国道九四フェリーが売り出したニュー豊予二枚きっぷなのである。私のツァフィーラでも片道5000円、四人で行っても6830円だから、結構おいしい。四国の下道は走りやすいからね。
でも、佐賀関発の最終便が23時というと21時久留米発で高速道路爆走って必要性が出てくるのだ。時間的制限から、今回は本州経由にした。出発を前にガソリン補給したら239.0キロを走って23.3リッター、なんとリッター当り10.3キロしか走ってない!くそったれっ!

うどん参りを繰り返してきた我々の常識が、暮れのうどん参りである。故に恒例・暮れのうどん参りと呼ばれている。今年四回目のうどん参り(!)であるが、高速道路を駆使したうどん参りになってしまった。準備案は三案策定済みだ。後は、融通を利かせてまくり・追い込み自由自在!

小郡の秘密基地を23時30分に出撃して、筑紫野インターから高速に乗った。

23:30 秘密基地出発
23:51 久留米インター侵入、爆走開始!

2002年12月4日水曜日

ヤナセからの手紙

ヤナセからやってきた封書には、Aクラスの特別モデルのお知らせが記されていた。テンロクモデル総ざらえとしか思えない、特別ヴァージョンである。このお知らせを見ながら、怖い事を考えてしまった。

三菱自動車をご存知だろうか?リコール隠しで止めを刺され、ベンツの傘下に下った三菱グループのお荷物会社である。三菱グループの経営者会議には自動車のみ参加できず、ふそうも三菱と合併せんなら経営者会議に出られるのにねぇって、噂された位の御荷物会社だったんだが、結局最後まで碌でも無い会社という事で終わった。

その三菱自動車は、ベンツの下請けとして再生された。その第一弾が噂のコルトである。小排気量車両の開発を受け持つと噂される三菱自動車の一発目だけに、手抜きは無いだろう。このコルトが問題なのだ。

Aクラスが1.9リッターモデルに集約されれば、コルトの1.5リッターの存在価値が重みを増してくる。ベンツの下請けが、ベンツの厳格な車作りに従って設計製造したモデルだから、ベンツが売っても問題無い!コルトの1.5リッターを豪華モデルに仕立て直せば、1.9リッターAクラスと0.6リッタースマートの中間モデルとしての重みが出てくる。年明けからベンツがコルトのベンツモデルの販売を開始する為の、テンロクモデル売り尽くし?オペルの販売終了は近づいたのか?嗚呼、考えるだけでも恐ろしくなってきた。

2002年12月2日月曜日

ヤナセへ伊藤忠参画

現在ヤナセの動向に関して判明しているのは、第三者割り当ての増資が行われる事。ヤナセの梁瀬家支配が終焉しそうな事。問題の多い伊藤忠が経営に参加する事くらいである。ベンツの優良顧客名簿を入手できた伊藤忠が○で、都市部の整備拠点を入手しそこなった某外国車メーカーが×という所であろうか?

ヤナセのHPでは、第三者割当増資の件と黒字になった件が、プレスレリースで公表されている。さて、私に言わせれば、ヤナセは見栄を張るのをやめろ!見栄張れるんかぃ?状態なのだから、ウニモグの輸入権も手放して、縮小せんかぃ!サービス低下だけは食い止めんかぃっ!後はジリ貧やどぉっ!である。

2002年12月1日日曜日

ヤナセの輸入権移譲

なんやかんやで、お出かけをした。しかし、ヤナセが輸入権を移譲したとか?なんか、いろいろお話が出ているんだって?売れてないし、GMJの仕打ちを見てくれば、決別まで至ってもおかしくない。もー、そろそろというレベルにまで低下したのは先日のこと。9月にはヤナセが販売記録を塗り替える程にベンツを売りまくったが、オペルに至っては10月に、、、トラビックより売れていなかったオペルの販売台数である。どーなってもおかしくは無い。オペルオーナーとしては、覚悟を決めておきたいものだ。

真っ赤なザフィを見かけた。んでもって、スバルの銀トラは売れていなかった。

本日の走行距離53.0キロ。オドメーター11789キロ。